白馬の王子様は待ってくれない

かわいいとかっこいいが好きな多方面アプローチ

ヲタク遍歴と言う名の自己紹介

初めましてのご挨拶から少し時間が経ってしまいましたが改めて。

アラサー突入した「ぷちはち」と申します。

ジャニヲタ的なご挨拶にすると、
藪・玉森世代の錦戸担です(キラっ)(痛いのはスルー)


ここでさらっと(でもないかもしれない)これまでのジャニヲタ遍歴を。

 

【初めての担当:堂本光一(小5~小6)】

遡ること今から約15年前。小学校5年生だった私が母に連れられて行った最初の現場
それがEndless SHOCK。
元々茶の間だったし、TVで比較的光一(以下光ちゃん)を見ていたのもあったが何故連れて行ってくれたのかそのきっかけは謎。
こうして私のヲタク人生が幕を開けた。


【初めての担降り:赤西仁(小6~高2)】
初めての現場から2年目。母の同僚(私に多くのヲタ活の場を提供してくれた師匠と呼べる元横尾担、現梶山担。以下師匠)に再びEndless SHOCKへ連れて行ってもらった。師匠はその頃赤西担で「あの子が仁くんだよ」と私に教えてくれた。その頃(Jr.時代)の仁は今とは全然違ってさわやかでアイドルらしくキラキラしていてそれでいて自己主張が強くて前へ前へ精神(目立ちたがり映りたがり)の塊だった。
キラキラした輝きに気付けば落とされてしまってあっという間に担降り。
まだまだ子供だったから今みたいに"担降り"という言葉に怯えることも深く考えることもなくあっさりと乗り換えてしまった私。

そんなこんなで、私の青春時代の全てを捧げたと言っても過言ではなくなるまでの存在となり私も立派なヲタクへと成長して行った。

担当になった時期が功を奏したのかは不明だが、その頃からKAT-TUNの事務所猛プッシュが始まり次第と現場もTVでの推し具合も増えていったのが私のヲタク度の加速を助長したのかもしれない。それでも、まだ子供だったから1公演に1回しか入れないときもあったし高校受験のときはヲタ活禁止されたから行けないという不毛の時期を過ごしたりもした。(その期間に伝説の海賊帆ライブがあった。あの時の私アーメン。)


【現担当:錦戸亮(高2~現在)】
きちんと"担降り"について悩み、正しい(?)"担降り"をしたのが今の担当、錦戸さん。

元々ザ少年倶楽部(通称少クラ)を見ていたからエイトのことは知っていて見てもいた。だから知らない訳ではないし面白い人たちだなー、なんて暢気に見ていた記憶がある。それが気付けばだんだんと錦戸亮が自分の中の割合をどんどん占めていって担降りする、と決めるまでには半年ぐらい悩んだと思う。

担降りしてからはエイトを貪るように見てdr期*1→安定期(妊婦の安定期ではない)*2→貶し期*3を通り今に至る。

 

こうして3人の担当を経て、いろんな番組を見たり現場に行っていた為、KinKi~Jr.まで幅広く対応出来るようになった今の私。今のスタンスは、基本は担当(所属するグループ)第一優先。その次に担当以外で気になる人(河合/手越/中丸/藤井)を追う、といった感じで絶賛ヲタ活中!←時間とお財布に余裕があるときはあちこちアクティブに動き回っているヲタク。何故ここまでエンジンが掛かってしまったのかは、またどこかのタイミングで書きたいと思う(需要あるか分からないけど)

 

あとは相方の影響で女性アイドルにも興味を持ってしまった私。

NMB48小谷里歩(通称りぽぽ)推しで、卒業しちゃった山田菜々NMBからAKBへ移籍した小笠原茉由(通称まーちゅん)も好きで要は48Gわりと好きだということをお伝えします(誰目線)

あくまでジャニーズ最優先なのでこっちはどちらかと言うと茶の間(TVメイン)。公式モバイルとか課金のチャンネルとか登録してないのでミーハーとヲタクの間のセミプロみたいな感覚と言えば分かりやすいのか・・・?情報は相方とかフォロワーさんとかたくさん入ってくるところがあるので知識だけはぼちぼち。

 

とまぁ、こんなヲタクが気ままに綴るブログですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。

 

*1:自分の担当にデレデレしている期間のこと

*2:dr期が一旦落ち着いた後、精神的に安定して見れる時期のこと

*3:いわゆるツンデレ的なやつ。愛故の貶し